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2006年6月21日 (水)

18の頃

出航を午前0時30分~1時としているため船には、いつも日が変わる前に起床、夜中の11時30分位に船に行きエンジンをかけ暖める。

ふとのことを思い出す若い頃はこの起床時間が何より辛く苦痛でした。そんな訳で、若い頃の話少し書きます。

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漁師町とはいっても全ての住民が漁業を営む訳でもなく、親がサラリーマンの家もあれば商店の家もあります。

学生時代を終え俺たち漁師の息子は半数以上が地元に戻り漁師を継いだ。漁師じゃない奴らが夜中まで遊んでるのが羨ましかった。

当時の羅臼はスケソが大漁で浜はいつも賑わっており、俺も例外に洩れず漁師になることを選択し、スケソ船に稼ぎに行ってました。

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このスケソ漁は真冬の1月から始まり3月まで行われる。俺たちの持つ小型雑刺し網の漁が始まるのが4月、それまではスケソ専業船によるスケソ漁が1月~3月まで行われる。
当時はスケソの全盛期で3ヶ月の間に一隻あたり1億近い水揚を彼らはあげていた

俺たちヤトイと呼ばれる若い衆は3ヶ月このスケソ船に乗り、当時は3ヶ月で300万ちかく稼ぎました
月100万、でも仕事が厳しく辞めていく仲間もたくさんいたのも事実
、月100万の魅力を打ち消すだけの厳しく辛い作業がそこには待っていた。

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漁師になった頃このスケソ刺し網の権利が羨ましくおもう。
俺の漁期間は4月~12月までなので残りの3ヶ月をこのスケソ船に乗り稼ぐ。初めてスケソ船に稼ぎに行ったのが18才の時でした。漁師になった1年目、ペーペーです。右も左も解からない頃、まだまだ遊びたい頃です。

夜中に出航する辛さと漁場での作業の辛さは、日本全国の漁師町にも類を見ないぐらいハードでした。

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一日

1000箱~2000箱(約20t~40t、匹数にして20000匹~40000匹)のスケソが網に掛かりそれを俺たち若い衆や出面とりと呼ばれる魚を網から外す専門のアルバイトをしている人たちで、すべて手作業で外す。その作業の厳しさときたら大変、今でもあの当時のことは忘れられない。

朝の4時頃出航なんですが、沖に出て網を巻きスケソが網の目一杯に掛かった物凄く重たい網を船に手作業で数人ががりで積みつけること半日以上血反吐が出るぐらい辛いその作業のすべてを終えやっと港に帰る頃にはもうクタクタ、でも本当の辛さしさはここから始まる。

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午前10時

頃港に到着

 し休む間もなくスケソを網から外す作業に取り掛かる。真冬のこの時期、平均気温は、マイナス15度~マイナス20度はあたりまえ

荒波、猛吹雪、氷点下地獄!その寒さのなか約1000箱以上スケソを網からすべて外し終え、市場に出荷、明日の網の支度を終え、やっと家に帰宅する頃には、いつも日が沈み真っ暗、18の若造には、かったです。

18です漁師の若造でもやっぱり人並みに遊びたいくたくた疲れ眠い目を擦ってまで飲みに行ったり、さすがに毎日は無理、飲みに行った日などは、2~3時間の睡眠をとって出航したもんです。今考えると若かったから出来たんだろうな。

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厳しさ辛さは他にも沢山ありました。

作業中の事故大時化での船の転覆事故などそれを挙げると切が無く、多くの漁師仲間がその犠牲になり、いくつもの悲しみを、乗り越えてきた。

結婚して子供が生まれまだ言葉も喋れない頃に命を落とす、海に転落してその遺体すらあがらない者、船での作業で事故にあい一生後遺症を残す奴ほんとうに辛いです

その中には、俺の友人だった奴もいます。

これらの海難事故を繰り返さないよう今は昔と違い何よりも安全に気を配り作業が行われるが自然相手のこの商売、なめて掛かれない。

どんな職業についてる方でもその辺は同じと思う、明日の保障などありません。
俺たちも今日という日を精一杯生き楽しむ泣き言ばかり クヨクヨと言ってても道が開けて来ない。
誰かに自分の心境を聞いてもらいめやまして貰いたいときもあるでもぬるま湯に浸かってばかりじゃ道は開けない。

話が変な方向に進んでしまい申し訳ないです。明日からまた、いつものブログに戻りますね、最近は心境の変化もあり、少し湿っぽい記事で失礼しました。

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最後に現在の知床連山を載せておきます。

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コメント

土曜の午後羅臼に行きます
天気良いですよね
異常人軍団は21時過ぎに到着予定
先発隊はきっと20時頃は船で
肉を焼いてます!
オイラの特製の手料理
魚も良いけど肉も良いですよ
食べに来ませんか?
事故の無い様に漁頑張って下さい
大漁を祈ります

釣ノリノリさん、いよいよ明日ですね♪
釣存分に楽しんでくだされ。

>異常人軍団は21時過ぎに到着予定

あにさんやお仲間の皆さんに宜しくお伝え下さい。
天候のほうは、日曜日は大丈夫ですよ(^_^)v

>オイラの特製の手料理
>食べに来ませんか?

有り難いお言葉感激です。
土曜の夜から日曜日の午後まで飛び飛びですが、刺し網部会の役員会の予定があり残念です。気持ちほんとうに嬉しいです。

上手くいけば今回は知床連山を見れるかも知れませんね(^_^)/

タケシさんこんにちは、
「若い頃」を呼んで昔を思い出してしまいました。
私の母方の親戚が皆漁師でした。
私のおじさんも30歳半ばで海で遭難して
亡くなりました。遺体は半年以上後に宗谷の
方で揚がりました。
冬の漁師の仕事のきつさは半端じゃないですね。これからも安全第一で操業なさってください。

あにさん、こんにちは。
海難事故は、ほんとうに辛いです。
昨晩まで一緒に酒を飲み笑顔で話していた[あいつ]がって・・・辛いです。

こんなこと書くべきではないと、いつも抑えていたんですが、これも漁師の現実であり事実ですし、このまわり色々とあり皆さんに忘れかけている大事な何を伝えたく俺なりに書きました。

あにさんには、辛い思い出を呼び戻す結果となり申し訳ありませんでした。

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