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2006年10月31日 (火)

知床羅臼の夜明け

朝、4時30分港での気温が零度を表示している。

日に日に気温が下がり仕事のほうも厳しくなってきています。

今日は港や海岸ぶちで撮影した知床羅臼の夜明けを紹介して行こうとおもいます。

まずは、早朝の仕事場(港)からの写真です。

日の出約30分前ころの朝の風景、東の空がその青さを奪われるかのように段々と紅くなり始める。

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時間は午前4時を少しまわったころです。

放射冷却の作用で気温が低かったんですが、その分朝焼けも空気の加減で燃えるような真っ赤な空に。

この写真は、俺の船が着いている岸壁(港)から沖側にある沖岸壁という日の上がる側を撮ったものです。

空もそれを映し反射する港内も真っ赤に燃え上がります。

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放射冷却と天候や気温、時間帯の加減のピタリと合うときにしかこの現象はなかなか見れません。

次に下の国後島をバックに載せたこちらは沖で船内から撮ったものです。

今朝は雲もベストな位置取りをしてくれていたのでより紅さを強調できる一枚になったかとおもいます。

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観光で知床を訪れても、時間帯や気温や季節、運などもあるので長期滞在でもしない限りこの風景にはなかなか出会えません。

俺の安物のデジカメと未熟撮影でもその色鮮やかさを何とか皆さんにお伝えできるぐらい、知床の風景はこの未熟者にハンデをくれる。

こうして30分が過ぎる頃、今度は逆に朝焼けを侵食するように東の空に普段の青さが戻ってくる。

こうして段々と空は青さを増し、それとは逆に燃え上がるような真っ赤な朝焼けが徐々に姿を消していきます。

この頃の時間が5時近いとおもいます。

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上の写真は、海岸から撮ったもので朝焼けが最後の力を振絞り空から海から、知床全体を真っ赤に染める。

今年はまだ積雪が有りませんが、銀世界の知床にこの現象が起こると知床半島が、紅く染め上がりこちらも何ともいえない幻想世界となっていきます。

こうしている間に朝焼けもその魅力を十分に発揮し、消えようとしている。

まるでパレットに出された赤絵の具が薄まるように段々と薄くなる。

赤絵の具が薄まると何色に変わっていくでしょう・・・

そうです、ピンクになりやがて白です。

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今はまだ麓の景色が茶系ですので無理ですが、ここに積雪があるときには知床半島は、

約1時間の間に紅→ピンク→白とその景色が移り行く光景が見れます。

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こうしてピンクに染まった知床を上空から見ると下のように全体がピンクに染まっていました(@_@;)!

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と!いうのは冗談で、そんなことはありません。

上は俺の船のGPS画像です。

せっかく美しいお話で幕を引こうと思ってはみましたが、性格上最後にはやはりおバカな面を出してしまう俺があなたのデスクトップの向こうに居ります。

2006年10月30日 (月)

作業風景・・・こいつはスピリチュアの江原か?

羅臼の漁師が毎日飽きもせず行なう作業風景です。

若い衆に聞いたわけじゃないから、もしかしたら飽きているかも知れません。(^_^;)

約午前12時、まずはモライを放して港から船を出します。

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港の間口を抜けそれぞれの漁場に針路をとる。

外はまだ真っ暗闇、この時間営業しているのは漁師と飲み屋とコンビニと泥棒・・・

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羅臼海域は正面に国後島があるためその使える海域に制限がある。

日本側から国後までの距離は約40kmと狭くさらに中間ラインと呼ばれる真ん中までしか使えません。

ここを越えると領海侵犯となり、ロシア警備艇の追撃を受けることとなる。

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レーダー画面左側に映る陸地が知床半島で右側に映る陸地が国後島です。

レーダーに映るリングの中心が自船となり、つまり俺の船の現在地です。

このときは、中間ライン(自粛ライン)のほんの少し羅臼側(日本側)にいました。

ここから船であと約1分、距離にして50mほどでそこはロシア海域!

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ここを一歩踏み越えると最悪は先日の根室漁船と同じ運命をたどることもある。

こうして狭い海域を利用しての刺し網漁を行ないます。

春漁に時期は、いつもこの国後島目の前の海域を漁場としています。

秋漁では、俺はあまり中間に近い漁場には最近は行きません。

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目的の漁場に着くとまずは、暗闇の中で網の目印に付けて浮かせてあるボンデンという浮き目印を探す。

なんせ真夜中で真っ暗闇なのでボンデン位地の近くまで来たらサーチライトを照らし夜光板を貼り付けておいたボンデンを探します。

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この真っ暗闇の中ボンデン位置近くまでどうやって辿り着くかというと、まず昔の例から言うと昔はコンパスと時計を使いました。

簡単に説明するとコンパスで港から網の位地に方位をあわせ距離は船の速度を一定に保ち時間で測りました。

現在はというと最近は文明の力を余すところ無く使わせていただいてます。

まずは、大よその距離や位地をレーダーで測り、正確な位置はGPSを使い割出します。

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網を見つけると早速巻き始める。

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ホッケ網の網巻き作業開始です。

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巻かれた網はこうして船の甲板に積まれ、巻き終えた同じ漁場にまた網を投網してみなとに帰港します。

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港へ到着後早速沖で外しきれなかったホッケを網から外す。

殆んどが沖で外れ箱詰めしてきますが、大漁のときなどは少し残り陸で外します。

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全て外し終わると選別に掛かり、サイズ分けをして市場に出荷する。

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この日の出荷で市場で大物を見つけました。

オヒョウという魚で、体長1mをこえる大物でした。

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この魚は、大きなものになると畳、一畳分ぐらいの大きさになるものもいます。

こうして俺が魚を市場に出しに行ってる間に船では若い衆たちが次の出港に間に合わせて魚の外れた網を船の網箱にたいています。

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この向って右の若い衆が、江原さんに似ているんです。

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角度が良い時は瓜二つなんですが、ベストショットが撮れません。(^_^;)

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これが刺し網漁の一日の仕事を簡単に説明した行程になります。

2006年10月29日 (日)

秋漁の羅臼は全国の漁師が・・・

早いもので10月から始めた秋漁も、もうすぐ一ヶ月を迎えようとしている。

漁師のことを伝えるブログを始めた当初は、正直どこまで持つのかと不安でした。

始めてみて皆さんがこんなにも漁師や魚・昆布のことに興味をもってくれ嬉しいです。

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春漁に始まり、夏の昆布漁と今行なわれている秋漁を含め皆さんからの温かいエールやコメントに感謝です。

秋漁のほうも、今年の出だしは順調でホッケ、スケソなども例年に比べその水揚げも伸びている。

ただ、そのために毎日更新していこうと思っていたブログのほうがまちまちになりご迷惑をお掛けしてすみません。

それではぼちぼちと今日の本題に入っていきます。

いつものように夜中12時出港、15分後に一本目の漁場に到着しホッケ網を巻く。

このホッケ網という網は、もちろん名前のとおりホッケを獲る網のことを言いますが、ホッケ以外にも色々な魚が掛かります。

魚の胴回りがホッケに近いものなどはホッケ以上に獲れるときもあります。

秋漁では、その代表が真イカです。

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真イカは本来、イカ釣りと呼ばれる漁法を使い獲る漁ですが、俺たちが行なう刺し網漁のホッケ網にもこのイカが掛かってきます。

こちら(真イカ)も鮮度が命の魚なので刺し網で獲る場合は主に即席という数時間しか網を海に入れない漁法で俺たちもイカを獲ります。

羅臼は通称、「イカの墓場」と呼ばれ全国各地の漁師が最後のこの時期羅臼に集まります。

今年は例年に比べ羅臼沖にイカが来るのが少し遅れているようでイカ釣り漁船もまだまだ少ない、いつもなら真夜中羅臼沖には日中を思わせるほどの「いさり火」の灯りが海中に広がるのですが、もう少し先になりそうです。

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遠くは南国九州、長崎の船団もこの時期から11月の終わりぐらいまで羅臼港に入りイカ漁を行ないます。

この時期の羅臼は賑やかです、港を歩いていても街に酒を飲みに行っても、全国各地の「訛り」・「方言」が耳に飛び込んできます。

長崎の漁師はもちろん、そのほかにも宮城や新潟、青森、北海道では函館や広尾などの漁師たちと、羅臼は秋漁の今の時期、日本中の漁師が集合します。

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余談ですが、街のスナックに飲みに行くと自分が何処か他所の街にでも行っているような錯覚を覚えるほどいろんな全国の猛者たちが飲んでいます。

中でも九州の漁師はホント猛者ぞろいというか「叩き上げ漁師」って感じでカッコ良いです。

たまに話す機会があるときなどには、遠く離れた地元漁師街のことなどを話してくれます。

むこうで行なわれている漁法や漁師町の生活など聞けて秋は楽しい季節でもあります。

このイカ釣り漁師たちは、遠くに家族を残し一年中イカを求め全国の海を渡り歩いている。

毎年秋に羅臼港に入る九州の漁師の一人と三年くらい前に知り合い仲良くさせていただいていますが、ヤツも家族の写真をいつも肌身離さず持ち歩いている。

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このように全国にはいろいろな漁師がおり、なかには港を離れ漁に出て次の地元港への入港のときには、自分の子供達の年や学年が変わっているとか、小さいお子さんがいる漁師さんなどでは、久しぶりにあった自分の子供に泣かれたなど聞く事もあります。

それに比べ俺たち羅臼の漁師はまだまだ恵まれている、漁に出ても毎日が日帰りで一歩陸に足を踏み入れれば、そこには家族の待つ家がある。

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この秋漁の時期は全国津々浦々からそれぞれいろいろな漁師が羅臼に集まりいろいろなドラマ(人生劇場)を見せてくれる。

2006年10月23日 (月)

知床連山についに初雪!

今日は、いつもに比べ沖にいて寒さを感じていました。

気温のほうは計り忘れのバカちんでゴメンなさい。(3~5度くらいだと思います)

沖にいると真夜中なので船と網しか見えないので気がつきませでしたが、二度目の出漁(即席)に午前7時30分にでたときに、その原因が解かり納得です。

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先日、あと数日で雪の便りをお知らせできると思いますと書きましたが、なんと即効でお伝えすることになってしまいました。

昨晩から気温がいつもより低いと感じていたのですがこれでは寒いはずです。

羅臼岳も薄っすらですが、今年一番の雪化粧です。

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このまま根雪になるのか一度融けてしまうのかは解かりませんが、知床連山の初雪なのは確かです。

例年通りか少し早いかも知れない、麓にはさすがに白いものが降りた気配がありませんでしたがこれからは日を追うごとにこうして冬に近づいて行くでしょう。

知床の山々もまだまだこれから白くなり厳しさを増していくのです。

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↑比較的に標高の低い山にも薄っすらと雪が降ったようで雲間に白く雪が積もったあとが見てとれます。

毎年、沖でこの初めての雪化粧を見る頃に魚も増えてくるので今回も期待しています。

考えると7月20日からの昆布漁解禁の写真でバックに映る知床連山に雪が写っていたので、約3ヶ月でまた雪とは、エライとこに住んでしまったものだぁ・・・ナンテ(^_^;)

ブログに、「まだまだ暑い日が続きます」とお便りをもらうと小さい島国のように思っていた日本列島のイメージが大きく変わっていきました。

ブログを始める前には、これが当たり前のことで深く考えもしませんでしたが今は違いますね、この時期に雪が降り鼻水たらすのは、オラの田舎だけだべさぁ~(^_^;)

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北海道では、寒いという表現を「シバレル」と言いますが、羅臼では「スンバレルだぁ」と言います・・・ウソです。

訛りのひどい人や年輩の人がたまに言っているのを聞いた事があるだけです。

もしかして「北国」を歌っていたあの歌手も言いそうです。

俺は「シャムイ」と言います。

これは方言ではなく、寒くて口がまわらず「寒い」が「シャムイ」に(^_^;)

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真向いの国後島の山々には、まだ雪の気配が無いようです。

こちらも近いうちに雪化粧で覆われることでしょう。

2006年10月22日 (日)

漁師も人の子

10月7日の記事「大時化」で俺と一緒に仲間の網を巻いてくれた奴を紹介しましょう。

この船頭は、普段自分で船の操舵室から出て自ら網巻き機(ドラム)の前に立ち網を巻いています。

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普段は優しく面倒見も良い奴で、俺の仲間(友人)の一人です。

あの時の大時化はもの凄く、波が山のようでしたが、俺と一緒にあの大時化のなか仲間の網を巻いてくれた勇気ある船頭でもあるんです。

でも普段は俺と一緒でお調子者で、この日もカメラを向けるとわざわざ網巻き機の回転を止め魚の掛かった網を俺のカメラに向け、笑顔で答えてくれています。

実はこの船頭は俺と同じ船団ではありません。

一つ沖の現場(漁場)で別の船団で漁をしています。

あの日、俺が仲間船団に無線で「仲間の網を巻いて行く」と話しているのを聞いていて他所の漁場からいち早く飛んできました。

まるで関係の無い他所の船団での話しを聞いて飛んできました。

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船団という枠を越え、全漁民としての枠で物事の判断をするコイツはホント良い奴です。

大型低気圧は、もうすぐそこまで来ており殆んどの船が港に避難して行くなか俺と仲間船団の無線を聞き、「俺にも手伝わせろ」と戻ってきた一人です。

正直、海はもう何の保障も出来ないほどの状態でした。

波は最高で6m近くまで立ち上がり、5トン未満船と呼ばれる俺たちの船型でこの海に残るには限界をとっくに越えていた。

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↑この画像は今回の時化のものではありません、違う日に時化の海での作業を撮ったもので、イメージが似ていたので使ってみました。(今回の大時化のときには写真を撮ることが出来ませんでした。)

本来なら仲間船団以外の船は、よほどのことがない限り真っ直ぐ港へ帰ります。

船団は違えど陸ではコイツとは遊び仲間というか仲良いです。

大時化のため出港出来なかった仲間の網は残る数あと2本となり、この2本とも俺が巻き上げて帰る予定でいました。

これを聞き入れたときに、コイツが一言!

「2本も巻き上げていたらお前の船がもたない」と言ってくれた。

正直俺もこの波を見て不安も少しあったのも事実。

でも命懸けの作業のとなるため、むやみに人に頼む訳にもいかずいたのが現状。

コイツが自ら、来てくれた時には嬉しかったね、俺の考えていたことも読み透かされていたようです。

俺とコイツと最終的に、もう3艘が大時化の中残ってくれて時化に果敢に挑む。

無事に仲間の網を巻き終え、5艘でかたまり港へ

レーダーの0.25マイルレンジに港の形が映ったときやっと安堵感が沸いてくる。

レーダーに映る陸から伸びる2本の直線は港がレーダーに映っているものです。

この二つの直線がぶつかる先にある隙間が港の出入り口で、その先に映る点は船です。

今、1艘の船が港の間口へ入ろうとしているところが映りこんでいる。

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無事港に入り、皆で(5艘の船頭)集まり最初に出た一言が

「恐かった!」

てなわけで、皆さんがお考えしているほど、またイメージしているほど漁師もカッコよくも勇気が有る訳でもないんです。

お恥ずかしい話ですが、俺をはじめこのとき残ってくれた全ての船頭が操舵室で足を震わせていた。

2006年10月20日 (金)

二度目の出港

昨日の記事になります。

やっとメンテナスも終わったのか、今日は管理画面にスンナリ入れました。

30分ぐらい前に港に着き、その足でブログを確認に来ました。

これから、また仕事があるので船に戻ります。

今日は海が少し荒れていたので、即席(二度目の出漁)は中止になりました。

下の写真は秋の知床連峰と日の出を写したものでこの太陽が水平線から顔を出し始めた時の気温は摂氏2℃でした。

昨日のものですが港から見た日の出と即席のときに沖から撮った一枚を載せていきます。

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空もだいぶ秋を感じる色あいになってきたようです。

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来月には、今見ている景色も一面の雪化粧で覆われることでしょう。

それでは、行ってまいります。

2006年10月18日 (水)

ホッケを網から外す作業中!

みなさん、ご迷惑をお掛けしております。

ココログのメンテナス中でしてなかなか管理ページに入ってこれませんでした。

今日は、ホッケ外しを行なっている様子を少し載せてみようと思います。

午前3時頃、沖でのホッケ網巻き上げ作業を終了し3時半過ぎには港に一度入ります。

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ホッケの大漁のときは、若い衆の他に出面さんと呼ばれる、魚外しを専門に仕事をしている人を陸に着いてから、呼んで来て貰います。

この出面さんと呼ばれる人たちは魚外しのいわばプロなんです。

何者かというと昔、漁師だった人たちが殆んどで、今は現役を退いて沖には行かないでおかで魚外しを専門に生計を立てています。

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この日は、大漁でした、ホッケの箱数が約150箱あり、値段も一箱あたり3000円~4000円と、まあまあの値がつく。

ホッケのサイズが特大や大ともなるとキロ400~600円と高値で取引されていきました。

ホッケ外しを行なっているこの時間帯は一日のうちで最も寒い時間帯に当たる。

午前3時~午前7時ぐらいまでの間は放射冷却の作用で日の上がり際でもあり温度が急激に下がる。

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ホッケにとっては気温が下がるのは喜ばしい事です。

何せ、ホッケは鮮度が命ですから、でも人間にとってはこの寒さは厳しいィ!

この時間帯ですと秋口の今なら、平均気温0℃~5℃といったところです。

これから先、11月・12月とまだまだ寒くなってきますね。

徐々に皆、体を冬に向け慣らして行かなければなりません。

ウチの江原似の若い衆も懸命にホッケを外しているようです。

俺のほうは、これから船を降り、港でホッケの選別を始めます。

漁師は出荷までに魚外しと選別という二つの仕事を終えてから初めて出荷に漕ぎつけます。

外されたホッケを選別し全てを終え、自分のトラックに積み込み、市場へ運ぶ。

市場でキロ数を職員に計ってもらいホッケの箱を並べてきます。

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この作業のあと船に戻り、巻き上げてきた網をまた、タキます。

こうして網タキ作業に入り、終了したら即席という本日二回目の漁に再度出て行きます。

この時間がだいたい午前8時頃となり、帰港は午前10時頃になります。

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港に着くとまた朝のように魚外しを行い選別をして、市場へ。

ホッケの獲れている間は、毎日がこの繰り返しです。

北の海での作業は正直厳しい、でも好きで継いだ商売ですから泣き言も言ってられません。

2006年10月15日 (日)

知床はまだ?

昨日、明日は漁休日(日曜日)でお休みと書きましたが、実は少しだけ仕事が残っています。

網入れ、投網が今日は出来る日なんです。

日曜日ですが、第一と第三、第五日曜日には投網のみ可能です。

なぜこのシステムがとられているかというと網を土曜日から海に入れて月曜日までおくと魚の傷むおそれがあり、特別に週に三回、日曜日の投網が許されます。

そんな訳で今日も朝の6時に沖へ投網のみですが行ってきました。

沖から見る知床半島の景色もだいぶ変わってきましたね、山は所々色付き初め秋を感じます。

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投網のための出港時にはあまり天気が優れませんでしたが、虹も出て裏山も明るくなってきたので、日中は天気も回復してきそうです。

投網も無事終わり、帰港です。

港では網タキ作業を1時間程で済ませ全員解散します。

俺は今日このまま知床横断道路へ行ってみることにしました。

秋の知床横断道路が夏場に比べどう変化したか確かめようとおもいまして。

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知床横断道路の木々の葉は色付きがあまり早いほうでは無いです。

なぜかというとここには楓やもみじ類が少なく山の紅葉には今一適さないかもしれません。

そこは何とか知床の雄大な景色でカバーするしかないみたいです。

本来なら横断道路閉鎖ギリギリの頃や閉鎖以降がベストなんですが、チャンスもあるか不安でしたので今日行ってみることにしました。

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部分的に色付く葉はありましたが山全体に燃え上がるような景色はまだ先のようでした。

これを撮るタイミングが知床に住んでいても難しいです、山全体が色付く頃、知床横断道路の閉鎖も近づき、日を誤ると来年までお預けということにもなりかねません。

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そんな訳で、少し半端な景色ですがご勘弁くだされ、チャンスがあればまた挑戦してみようと思っています。

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↑笹藪に木々がポツポツと出ているのがなんだか幻想的に思いシャッターを押す。

標高の高いところから写すと笹が日の光を反射し、緑色の海に木が生えているようにも見えました。

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松科の木々が多い知床の山全体はまだこのように緑の景色が多い。

2006年10月14日 (土)

ホッケ大漁!

夜中の出港時、船で計った気温は4℃でした。

日中は、まだ少し温かいですが、朝晩の気温が急激に下がってきている。

10月1日から始まった秋漁も昨日から本格的にホッケの数が増えてきていた。

午前1時30分、暗闇の中1本目のホッケ網を巻き終わる。

セ縄を巻き終えいよいよ網が海から上がってきます。

最初の1反目が海から姿を現す、カッチ色と呼ばれるこげ茶色のホッケ網が船の灯りでキラキラと眩く光っている。

目をこらすと、そこにはホッケが数珠繋ぎになり上がってきた。

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今年の秋漁始まって以来一番のホッケの掛かりだ。

太い掛かりです、1反に約10箱のペースでホッケが網について上がってきます。

1反は、ホッケ網1枚のことでこれを今回は15反繋ぎにして海へ投網してました。

その全てを巻き終えたときには、船のオモテ側甲板はホッケの付いた網でビッシリになる。

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150箱のホッケが掛かる、いわゆる大漁というやつです。

150箱ってどのくらいのホッケのこというのか疑問の方も居られると思います。

1箱にホッケが入る数は、そのサイズにもよりますが約30匹といったところです。

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ですからこれが150箱あると4500匹のホッケを一回で獲ったことになります。

このため今日は、仕事の終わりがいつもより3時間ぐらい遅くなりましたね。

4500匹のホッケを網の目から1匹ずつ外す作業は、根気のいる仕事です。

船の若い衆と出面さんの計5人でホッケ外しが黙々と行なわれる。

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朝の3時30分に港に入り、早速始まったホッケ外しも終わった頃には昼でした。

網からホッケを外すのは、ほんの少し難しい作業なんです。

網の作りは、基本的に魚がかかると逃げられないような仕掛けになっており、そこから魚を外す作業も自ずと難しいものとなります。

この魚を外す作業がもし簡単な作業だったら=魚も逃げやすいということですからね。

この調子で少し何回かホッケとらせてもらいたい、生き物相手の商売なのでいつバッタリと居なくなるとも限らず、またいつ来る当てもないですから。

とりあえず今日は一安心といったところです。

明日は漁休日なのでゆっくり体を休め月曜からまた頑張ります。

2006年10月12日 (木)

江原さんが網タキ?

午前3時少し過ぎたころ本日一本目の網を巻き終える。

水揚げ(獲れた魚)のほうは、ホッケ・スケソ・鱈・ソイ・真イカといったところです。

今回の時化後少しずつですが魚が増えてきているようです。

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秋漁の10月は主としている魚はホッケ・スケソ・真イカです。

秋口のホッケは羅臼ホッケの一番旨い季節で、値段も良く漁師も止め網・即席と精をだす。

俺たちの漁法はこのホッケや各種魚介類を刺し網というもので獲ります。

この刺し網漁法の良いところは、網の目に魚が掛かり暴れモガクと魚全体に脂が廻り味が数段良くなる。

このため定置網漁という漁法で獲れるホッケやカレイより刺し網のほうが人気が良い。

羅臼での定置網というのは主としている魚は秋味(サケ)で、ホッケはそのサケ網に迷い込むものを獲る程度です。

刺し網漁での10月もう一つの魚がスケソです。

こちらも秋口のものは一番旨いです。

オスはスマシ汁や湯煮が最高、またメスはその腹ににもつ卵がタラコと呼ばれる製品になります。

このタラコですが九州に渡ると明太子と呼ばれるあちらの名産物に変身します。

九州での明太子の材料であるスケソの卵(タラコ)の殆どが羅臼産です。

今日はこのスケソを獲るための網をたいているところをお見せします。

余談ですが、俺の親戚にあたる若い衆の一人で、画像向って右側のアシタキをやっている奴、画像ではハッキリしませんが、オーラの泉の江原さんソックリ、兄弟といっても良い位似ているんです(^^)v

何かご利益あるかも?(^_^;)

こうして二人がかりで網を分けながら船の後ろに設けられている網箱(玉箱ともいう)に綺麗に並べていきます。
これを網タキと呼びます。
網を浮きの付く側(こちらをアバと呼ぶ)と石で作ったオモリを付けた側(こちらをアシと呼ぶ)に二人の若い衆が分けながら網箱にたいていきます。
これを海に入れるときのことを、投網というんです。
これで大分、今までのブログ内での話が繋がってきたでしょうか。
何せ漁師の仕事は他の職業では使わない言葉が多くその作業も複雑ですのでこれからも、もっと砕いて紹介出来るように努めようと思います。
この漁師講座を無事終えた頃には、あなたもりっぱな漁師になれるかも・・・

2006年10月10日 (火)

今日は即席漁法

いよいよ出港、低気圧の影響も急激に治まりをみせたので外海に出てみます。

低気圧のため殆どの船が一番被害が少ないであろうと思う場所に固まったためいつもなら一艘づつ港に掛かる船も今日の出港時には平均の3艘は横に繋がっている。

各船ともモライ(ロープ)を離し、外海へ

予報では、西の風5m/s 波の高さ3m 曇りのち晴れとのこと。

漁休日と低気圧のため海には網が入っていませんのでまずは投網から始める。

今日は即席という漁法を使います。

この即席という言葉は初めてこのブログで出したとおもいます。

即席とは何ぞやと皆さん思っているのでは・・・

思ってない方もご辛抱くだされ。

通常、刺し網漁法とは、前日に網を刺し、丸一日海に置き、次の日に巻き上げます。

察しの良いあなたでしたらもうお解かりになったことでしょう。

答えは単純です。

刺した(投網)網をその日のうちに巻いてしまう漁法のことを羅臼では即席と呼びます。

主にホッケ漁にこの漁法が使われることが多く、真夜中に投網した網を約5~6時間後に巻き上げてしまう。

今回のように投網から始まるような日はその日の水揚げを作るのに即席をやります。

そのほかの即席漁法の使い方は、魚が大漁で次から次へと漁場に魚が入って来ている時なども、一晩海に置いてあった網を巻き上げて変わりの網を投網し、それを約5~6時間でまた巻きます。

これによって一日二度同じ漁場で魚を獲ることが出来るという、「一粒で二度美味しい」現象が起こる(^^)v

今日はその漁法を使い約6時間経ったホッケ網を巻き上げてる様子をお見せしましょう。

ホッケのほうは今一でしたが、この即席漁でホッケ網にカレイがいくらかついていました。
種類は主に真がれい・宗八・ヤナギがれい、その他には青ゾイ・真イカ・スケソといったところです。
この即席という漁法のもう一つの利点は網を長い時間海に置かないので魚の生きが良いという事です。
上がってくる魚の殆どが生きたままの状態で鮮度は抜群です。
この他にも漁師は色々な漁法や仕掛けで魚を獲り、そちらもブログで徐々に紹介していきます。

2006年10月 9日 (月)

超大型低気圧が山を越える

午前2時30分に若い衆たちが船に集まる。

船に何度も足を運び最後のほうは一人で船に残っていましたが、夜中中も凄い波でしたね。

暗くなってからも波の威力は衰えを見せず午前2時過ぎに若い衆が出漁のために集まる時間になってもまだ沖防波堤を大波が軽々と乗り越えていた。

真夜中暗闇で波が防波堤を乗り越えてくると船は左右に大きく揺れ、船の操舵室に一人でいましたが正直恐かったです。

船が波を受けるたびにもの凄い衝撃を受け、流されないように何本も船を固定するために取られていたロープ(モライ)のきしむ音、そのロープも張られると糸のように細くなり、正直これが切れたら終わりかなと一瞬嫌な考えが脳裏をかすめる。

ここで心配してくれた皆さんの祈りが知床に届きました。

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低気圧は相変らずの勢力を保ったままでしたが、返せ(かわせ)に入ってからの風が予想していたよりずっと弱く奇跡です。

あの勢力のまま返せるとどんな風になるのか予想もつきませんでしたが無事のりきったようです。

知床半島への直撃を避けほんの少しですが低気圧が下を通ってくれ、こちらで言う堕し風(だしかぜ)と呼ばれる、北西からの強風を受けることがありませんでした。

俺の付いている港で今回の低気圧での被害はまだ入っていません。

仲間の船も無事持ちこたえたようです。

しかし、いくら低気圧がそれたとはいってもその勢力は十数年に一度の超大型!

今日の出漁は、もちろん取り止めとなり全船沖止めです。

Dscf0526

Dscf0527

まだ、外海は6m近い波と強風が荒れ狂っています。

羅臼には港は全部で7港あり全ての港での被害は不明です。

また港以外での被害は家の浸水や昆布浜の崩壊、通行止めとかなりの被害がでたようです。

俺の昆布浜も少し被害がありましたね、昆布漁最中と2枚連続で載せます。

Dscf0332

この浜が今回の大時化でこうなる。
Dscf0521

波により浜は削られ大きな石が海から押し上げられてゴロゴロしています。

来年の昆布漁までに業者に頼んで浜を綺麗に治さなければ使い物にならんです。

浜は少し傷めましたが、他に被害が少なく無事今回の低気圧を乗り越えられたことへの感謝の気持ちのほうがつよいです。

皆さん御心配お掛けして申し訳なかったです。

俺のほうは無事帰還しました。

御心配をお掛けした皆さんやエールを送ってくれた皆さんには感謝です。

たくさんのコメントも読ませていただきました。

これからもどうぞよろしくお願いします。

2006年10月 8日 (日)

託けです

<(_ _)>

高波!

波と風の合い間で出来る一瞬のチャンスを待つこと2時間!

その時が訪れる、若い衆たちに号令を掛け、イチかバチか港から船を離す。

これを決断するには勇気と時間がかかった。

映像のように沖岸壁は相変らず高さ10m近い防波堤の上を大波が軽々乗り越えてきている。

この映像は一瞬風が凪たときにとったもので船を離すときにはこの波に強風もふきあれていた。

いよいよモライ綱を離す決心が固まる。

これに失敗したら船も俺も海のモクズとなる!

根室港での船の沈没事故をニュースで見ていたので恐怖はさらに強まる。

朝には恐怖心が走り決断出来ないでいたが、このままここにコイツをおいてはいられない。

俺と共にこの海で一緒に戦ってきた相棒です。

こうして船を港から離す決断をしたが、船を離す為に集まってくれた漁師仲間が再度確認の声を俺にかけてくる。

内容は、「本当に離して良いのか」ということ。

一人船の操縦席に入る俺に向け最後の確認でした。

窓を開けOKのサインを送る。

船は離された!

全速で船を港から離し、一つ中(奥)にある港に船を向ける。

外海に出る訳では無いが、この港の中でも風や波がもの凄い。

根室で港のなかで船が沈没したのも解かる。

なんとか無事移動に成功し港に船をつけモライ綱を何本もとりそなえる。

今はカワシという時間帯に入る少し前です。

カワシとは、低気圧や台風が通り過ぎてから吹いてくる強い風のことをいう。

このカワシのまえに数十分風が凪ぎます。

この隙をみてまた作業着の取替えと更新に来た次第です。

そろそろ時間が近づいてきたようです。

これから襲ってくるこのカワシという風がは、おそらくこの低気圧が昨日から与えた影響のなかでも一番強い風となります。

根室の船舶沈没のこともあり、今夜は風がナギルまで船泊まりとなるでしょう。

正直この風への対策はもうありません。

でも相棒(愛船)をひとり港に残す訳にもいかないです。

せめて俺が一緒に船に居てやろうとおもいます。

皆さんも、この強風にはくれぐれも御気をつけください。

低気圧の針路が少しでも知床を避けてくれるのを願いながら港へ・・・

超大型低気圧接近!

この低気圧はもの凄い発達を見せています。

夜中に何度も船の点検に港へ足を運びましたが手のつけようがない!

今も港へ行ってきましたが、ピンドルをぶら下げる以外何も出来ない。

ピンドルとは、船が壊れないように船と船の間にぶら下げるもので衝撃を和らげる素材でできている。

これ以上はどうしようもないです、あとは天に祈るほか手のつくしようがない。

これからまた行って船に乗ってエンジンを掛け港で待機しようと思っています。

映像に映る船の向こうに防波堤が見えていると思いますが、外海の波がここを乗り越え港に次から次へと襲ってきている。
船が心配で、何度も行きましたが、手の施しようがまるで無い、今船をかけている場所が波風の直撃を受けているが、あの風では場所移動のために船を離して違う場所に避難するのも不可能なのでせめて船に居てやろうと思います。
万が一船を固定しているモライ綱が切れでもしたら大変です。
船はそのまま陸に押し寄せられ最悪は座礁の心配もでてくる。
俺も長年漁師をやっていますが、この時期にこんな低気圧は経験無いかも知れません。
北海道にこの季節上がってくる台風の平均気圧が980hp前後なのに比べ今回の超大型低気圧は、そのさらに上をいく960hpこれは台風以上です。
今、作業着の取替えをしに帰ってきたのですが、皆さんにはご心配をお掛けしているので、ここまでを報告しようと思い更新していきます。
低気圧はこれからさらに知床沖に近づくようなので今晩は船に乗り込み待機になるかもしれないです。
もしこのまま風波が治まるようでしたら、チャンスをみてまた報告しますね。

2006年10月 7日 (土)

大時化!

東の風、風速13m/s 波の高さ4m 気温10℃ 天候は、荒れ模様で天気は雨!

久々の大時化になりそう、港を出て進路を南南西にむける。

まだ知床沖からはかなり離れているはずの低気圧がもうすでにこちらまで影響を及ぼし始める。

Dscf0483_1

自宅に帰ってから見た今日のニュースではサンマ漁船座礁で行方不明者が出た模様、今回のこの大時化は全国的に猛威を振るっている。

港を出港して約5分、船の左舷前方からドスンという鈍い大きな音と揺れ。

東からの高波が船の左舷に当たる音です。

船は左右に大きく傾きゆれ、操船がむずかしい。

真夜中の出港のため海上に出るとが見えづらい!

突然ドスンという音で船に波が当たるのを知るので、その波の高さも把握できない。

今日は早めに網を巻き上げ帰港の予定でいます。

何せ今回の低気圧は超大型でこれから先、知床沖にもっとも接近したときの予報は、最大瞬間風速30m/s以上、波の高さ9mとのこと。

こうなってからでは太刀打ちもできません。

また明日は漁休日なので沖には出ることが出来ず、今日のうちに網を巻き上げないと魚が傷み売り物にならない月曜日も出れないかも、大時化で網を傷める可能性もあり皆、必死。

漁場に入りホッケ網とスケソ網をそれぞれ1本づつ巻き帰港予定でしたが、同じ漁場の船団にいる2艘が時化のため出港を断念!

この網を月曜日まで巻かないでおけば、結果は見えている。

おそらく売り物は無くなり、また今回のこの時化で網も傷めると思う。

でも俺たちよりこの2艘は船体ひと回り小さく今回のこの時化では出港はキツイ!

俺と共に出てきた仲間船団の一人に無線で連絡をとる。

俺:「出港出来なかった2艘の網を巻き上げてやろうかとおもう」

仲間A:「了解、一人で2艘分は無理だべ、もう1艘の分は俺が巻くよ」

心強い仲間の返事に勇気を奮い大時化の中2艘でそれぞれ船団仲間の網を巻くことに。

そうこうしているうちに灯りが3つ近づいてくる。

先に港に向っていた3艘が俺の無線を聞いて戻って来てくれたようです。

仲間B「たけし、巻き終えるまで俺たちもそば付いているぞ」と仲間から無線がきた。

俺たちもこの時化のなか何時までも沖にいるわけにもいかない!

自分の網を巻き終えて直ぐその2艘の網を巻き始める。

すでに海上は、波風ともにその強さを増し長居は出来ない。

東からの大波が容赦無く船に当たる中、網巻き機の回転を上げ巻きだしていく。

巻き始めること約40分で俺も仲間(相棒)の船も無事網を巻き終えた。

俺たちの他にあと3艘の船が漁場に残ってくれて、巻き終えるまで時化の中待っていてくれたので無事に仲間の網が上がったことを告げる。

網を巻き終えたことをその3艘に無線で告げ5艘で、いざ港を目指す。

出てきたときは追い波で帰り(帰港)は向い波です。

大波のため船の速力を上げることは不可能!

帰り航海は出港時の波の高さを遥かに越える高波が前方から襲ってくる。

波に向うと、船が木の葉ように揺れ動き、立ち上がる。

5艘固まるようにしてエンジンの回転を下げ船の速力を落とし港に針路を合わす。

操船中も緊張が走る、外はまだ真っ暗闇、何処から波が襲ってくるのか予測出来ない。

普段の帰港に要する時間の倍以上掛けてなんとか無事5艘とも港に入る。

漁のほうは今一でしたが無事に網を巻き上げ帰港できたことにほっと胸を撫で下ろしています。

2006年10月 3日 (火)

操業風景と操舵室

昨日に比べホッケが少しづつですが増えてきてるようです。

毎年10月の初めはこんなものでしてあまり魚が獲れません。

これは毎年のことで体慣らしに丁度良いのだ!

Dscf0469

ホッケ漁も盛漁期は10月終わりくらいから11月中ぐらいです。

今時期は全くホッケがかからない年もあるので今年はまだ良いほうかも知れませんね。

コメントでも質問を何人かにお受けした内容の一つをここでお見せします。

質問内容は、近くで操業している他船の操業風景や漁模様が自船から見えるのか?

このお答えですが答えから申しますと・・・見えます。

漁法ですが通常はタックと呼ばれる何隻かの船がグループになり同じ漁場で並んで網を刺します。

Dscf0683_2

↑(春漁のもの参点:2006.5)

船と船の間隔は漁場にもよりますが平均の10m~15m間隔ぐらいでしょうか。

こうして並んで刺した網を同時刻に漁場に入り一斉に巻き始めます。

ですから隣や近くにいる船の漁模様も解かりますし、無線でもそのやり取りを行なっていますね。

上のビデオクリップに写されている風景が俺の入るタックでの仲間船が網を巻いてる様子でこのようにして網を巻いてるところも漁模様もだいたい解かりますね。
また詳しい内容は無線などをしようしてお互い情報の交換をしています。
無線は、その他にも暗闇での航行や緊急連絡といろんな方面につかわれる。
秋漁の場合は春漁と違い日上がりが遅く、暗闇での作業時間が長いので船頭(船長)の俺たちも色々な機器を必要とします。

暗闇の航行や網の位地などを正確に割出す為には、レーダーとGPS、魚群探知機などを多用するようになってきてます。
上のクリップはレーダー・GPS・魚群探知機・ティッシュ?の順番で映っています。(^_^;)
レーダーは映りの良い日は約150km先ぐらいまでを映し出していくので小さな県ぐらいでしたら周囲全体をレーダーで見渡せます。
Dscf0645_3
このようにして真っ暗闇を漁師は克服して作業をするこの世で二番目に暗闇での作業が得意な職業です。
「一番は何かって聞きました」。。。泥棒です!(^_^;)
今日はこんなところでしょうかね♪
いつも皆様にお世話になっております。

2006年10月 2日 (月)

初漁のさかなを選別します。

初漁のさかなです。

今回の水揚げは、ホッケ・カレイ・イカといったところです。

その中の一つを選別(サイズ分け)紹介します。

海から上がったばかりの超新鮮な魚を沖にいる間に船で選別している様子。

普段は俺がやるんですが、撮影のため若い衆(従業員)に変わってもらい撮影!

今回のカレイは、主にがれい(マガレ)という種類で、お刺身用ですね。
そのほかに今回は撮影には選別風景は載ってませんが、腹の白いカレイが宗八がれいといいます
右下に映っているのは真イカで、新鮮とれたてはコリコリして刺身が最高!
今日は刺し網部会の役員会のため更新が遅れてすみません。
次回ゆっくり色々紹介していきます。

2006年10月 1日 (日)

決断の日!

午前5時!港を全船離れる、外海に出て約1マイルで船を止めスタートの合図を待つことに。

全船が港を出たのが確認されるとスタートの号令とともに各船一斉にスロット満開!

思い思いの漁場へと向かいこれからの3ヶ月間その漁場にかけることとなる。

漁場を決めるこの決断には想像を絶する勇気と判断力を要する。

この一斉投網が行なわれるほんの数時間でこれからの残り3ヶ月の全てがかかる。

漁師にとってこの判断の過ちは死活問題であり皆、慎重になる。

自分の守るべき家族や生活、若い衆たちの生活もこの一瞬に決まるといっても過言ではない。

Dscf0670_1

たった一回の判断ミスが後々響いてくる、どの漁場が最高の漁場かは各船長の判断であるため漁師のなかには研究熱心な奴も多いです。

過去の水温や潮の流れまたは過去の漁データーをパソコンに取り込み、魚の動きを判断するものまでいます。

どちらかと言えば漁師仲間では、パソコンに向う時間が長いほうの俺ですが、このやり方は俺には向いていないというか機械任せの判断は嫌いで取ったデーターは機械じゃなく自分の頭でなんとかしたいほう。

自分の向った漁場でもし思った水揚げが出来なかった場合には他所の船団にお願いして漁場に挿めてもらうことも可能なのだが、正直肩身の狭い思いをするのは避けて通れない現状です。

Dscf1753

ましてや羅臼は北方領土のひとつ国後島までの狭い海峡をさらに200海里条約で半分に分けられた日本側の海で漁をしなければならない。

目の前には豊かな残りあと半分のロシア側が主張する海域が広がる。

その海域には間違いなく豊富な漁業資源がねむっている。

現在のところロシア側に漁業料を払い限られた数十隻の船のみがロシア海域で漁が出来る安全操業という操業方法が数年前から実施されてはいるが、この操業に申し込みロシア海域で操業できる船も羅臼全船の約10%ぐらいでしょうか。

残されたあとの全船は、この狭い海域をつかう、説明が長くなりましたがこれが一斉投網がどれほどこれからの生活に多大な影響を及ぼすかの理由のひとつです。

好き勝手やってるイメージの強い漁師もこのような日を必ず年に何度か、むかえなければならない。

昔の豊かな頃の海とは違い決断の出来ない漁師(船頭)は自ずと身を引き新たな職業の選択を迫られるのが今、羅臼が置かれている現状で減船のため数多くの漁師(船頭)たちが漁業を捨て新たな世界に移って行きました。

ある意味これも決断でやはりこの世の中何をやってもどこかで決断するときが必ず来るようです。

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